2015年05月12日

電話を切る時に彼女は

長女サシャが生まれた時、
私の前夫の母、
サシャと健のグランマ・キャロリンは、
まだ40歳だった香港廣東遊

キャロリンは私よりも小柄で、声も小さくて、
とてもかわいらしいひとだった財務公司貸款計算

ステレオタイプの黒人女性とは全く違い、
物腰もやわらかく、おとなしい彼女は
どちらかと言えばアジアンのような感じさえした。

ある日遠くの国からやって来た私が、
愛息と学生結婚をして子供を産んだと思ったら
とっととまた遠くハワイへふたりを連れて引っ越してしまい、
キャロリンはきっと悲しかったことだろう香港酒店推荐
私のことを恨んだかもしれない。

彼女はハワイに確か2回遊びに来てくれたけれど、
私たちは1回しか戻らなかった。

私と前夫が離婚することになってから
一度だけキャロリンと私は電話で話をした。

お互い何もネガティブなことは言わず、
当たり障りのない会話をしながら、
なんだか切ない気持ちでいっぱいだった。

遠く離れてはいたけれど、
17年もの間、私の義母だったキャロリン。

電話を切る時に彼女は、とても寂しそうな声で
「アイラブユー…」と言ってくれた。
私にとっても彼女は、愛しい義母だった。
サシャと健の大事な祖母だった。

その時すでに癌に冒されていたキャロリンは、
それから間もなく、50代の若さで亡くなった。

毎朝ヒロヨのお墓で「ありがとう瞑想」をする時、
目を閉じていろんな人を思い感謝する私の
瞼の裏には必ず、キャロリンの笑顔も浮かぶ。




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Posted by amizhu at 12:22│Comments(0)yl
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